【小樽】恩師の歌人小田観蛍(かんけい)(1886-1973)から半世紀前に贈られた思い出の短歌を、91歳の女流歌人が古里小樽で歌碑にし、19日、小樽港を見下ろす小樽市緑4の高台で除幕式が行われた。
女性は全国に約二千人の会員がいる短歌の雑誌「潮音」を主宰する太田絢子さん=神奈川県鎌倉市在住=。
よきえにし
北の春より南へと
飛梅一千里
香はいかばかり
碑に刻まれた歌は一九五七年、太田さんが観蛍の取り持ちで結婚し、小樽から鎌倉へ嫁ぐ際、観蛍からお祝いで贈られた。北国からはるばる嫁ぐ弟子を風にのる梅の香にたとえた。
観蛍は明治から昭和にかけ道内で活躍、逆境の歌人とうたわれた。北海道文化賞なども受賞。雑誌「新墾(にいはり)」の創刊者で、当時は小樽を拠点にしており、国語教師をしていた太田さんも同人として短歌の手ほどきを受けた。
太田さんは鎌倉に移った後も、亡くなった夫の太田青丘(せいきゅう)とともに歌人として歩んできた。
九十歳を超えてなお、歌を詠い続ける喜びをかみしめる太田さんは「今こそ大切にしていたあの歌を古里小樽に残したい」と思ったという。
歌碑は石英岩で幅二・六メートル、高さ二メートル。総工費二百万円を太田さんが負担し、北海道潮音会(札幌)のメンバーが協力した。場所は旭展望台近くの市有地で観蛍を顕彰する碑の隣に建てられた。
除幕式には観蛍の遺族や弟子など関係者約七十人が出席し、朗々と歌が詠いあげられた。観蛍を義父とする小田啓子さん(83)=小樽在住=も「まな弟子がいつまでも歌を忘れずにいることを、観蛍も喜んでいると思う」と感謝していた。
(北海道新聞より引用)
2007年7月25日水曜日
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